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穴埋め問題から始まったAIの学習
大規模言語モデル(LLM)は、実にシンプルな課題を繰り返すことで賢くなった。それは「次に来る単語を予測する」という、国語のテストのような穴埋め問題である。AIは人間のように「赤点を取ったら親に怒られる」心配はないが、とにかく膨大な数の問題を解き続けた。結果として、人間が一生かけても解けない量のテストをクリアし、言語の達人となったのである。同じ方法で画像生成の能力も獲得した。
穴埋め問題の進化のステップ
AIが解いてきた問題は、まるで学校教育のように段階を踏んで難しくなっていった。
レベル1:単語の穴埋め(基礎)
例題:「私は朝ごはんに__を食べた。」
正解:「パン」「ご飯」
→ まずは“給食メニュー”レベルの問題。基礎の基礎である。
レベル2:短い会話の穴埋め(応用)
例題
A:「お元気ですか?」
B:「はい、__。」
正解:「元気です」「大丈夫です」
→ AIが最初に身につけたのは「営業トーク」ではなく、この程度の会話力であった。
レベル3:知識を使う穴埋め(知識活用)
例題:「The capital of France is _____.」
正解:「Paris」
→ ここに至ってAIは「パリはフランスにある」と学んだ。観光ガイド程度の知識はすでにマスターである。
レベル4:論理的な穴埋め(推論)
例題:「もしAさんが東京にいて、Bさんが大阪にいるとすると、二人が直接会うには__が必要だ。」
正解:「移動」「新幹線」
→ ついに推論問題。AIは「会うには移動が必要」という、人類にとっては当たり前すぎる真理に到達した。
教師あり学習という仕組み
AIは問題を勝手に解いて「自分で100点満点!」とドヤ顔するわけではない。必ず「正解データ」と照合される。この仕組みが教師あり学習である。
- 問題を出される
- AIが答える(ときにトンチンカン)
- 正解と照合される(赤ペン先生登場)
- 間違っていれば修正
人間でいえば「漢字ドリルをひたすら繰り返す」ようなものだ。AIは一度も「宿題やりたくない」と駄々をこねず、無限に問題を解き続けた。その根気だけは間違いなく人間を超えている。
画像生成AIも同じ仕組みで賢くなった
テキストだけでなく、画像生成AIも基本的には同じ流れで進化してきた。違いは「単語の穴埋め」ではなく「画像の穴埋め」である。
ピクセルとは何か
画像は「ピクセル(画素)」という小さな点の集まりでできている。テレビ画面を近くで見ると小さな点が並んでいるのが見えるが、あれがピクセルである。ピクセル一つひとつに色と明るさの情報があり、それが集まって全体の絵を構成している。
穴埋めとしての画像学習
AIには「部分的に欠損した画像」が与えられる。たとえば、猫の写真の顔の一部が空白になっている。AIの課題は、その空白部分に「正解のピクセル」を埋めて元の画像を復元することである。
- 入力:一部が欠けた画像
- 出力:正解画像(教師データ)
これを無数に繰り返すことで、AIは「ピクセル単位で正しく絵を再現する力」を身につけた。つまり、文章の穴埋めが「言葉の続き」を当てる練習であるのと同じく、画像の穴埋めは「欠けた部分のピクセル」を当てる練習なのである。
結果として、AIは「文章の続きを当てる達人」であると同時に、「欠けたジグソーパズルを即座に完成させる名人」にもなったのである。
データを持つ者が有利だった
こうした学習を成立させるには、膨大な「問題と正解のセット」、すなわち教師データが必要であった。そのため、すでに世界中のテキストや画像を保有していたGoogleや、Facebookを運営するMetaといった巨大IT企業が大きなアドバンテージを持った。
さらに、中国では国家レベルでのデータ集積が行われており、BaiduやTencentなどが膨大な検索データやSNSデータを活用してAI開発を進めてきた。欧米の企業が「市場の覇権」を背景に優位に立ったのに対し、中国の企業は「国家によるデータ統合」を武器に台頭したのである。
AIの進化の裏には「アルゴリズムの賢さ」だけでなく「データを握っていた者の強さ」が存在していたのである。
論理的思考とコミュニケーションの本質
論理的思考ができる人は、言葉が多少拙くても内容が通じる。片言の英語でも仕事が進むのはそのためである。一方で、論理的思考が欠けた人とは日本語同士でも通じない。会議で「話は長いが結局よく分からない」という状況に遭遇したことがあるなら、それが証拠である。
こういった人は日本語の穴埋め問題が学生時代にできなかった可能性が高い。日本人で論理的思考ができない人と話していても、その内容については通じあえていない。一見、表面的な言葉はコミュニケーションできているだけに、伝わっていると勘違いしやすいため、このパターンは非常にたちが悪い。
結論:AIの進化はまだ序章にすぎない
AIはテキストの穴埋め問題を無限に解き続け、画像の欠損部分を正しく埋め続けることで賢くなってきた。教師データに基づく修正を繰り返すことによって、言語理解と画像生成の両方を獲得したのである。
人間の脳は「ご飯」で稼働するが、AIは「電力」で稼働する。違いはそこだ。AIは理論上ほぼ無限の計算資源を持つため、その進化のスピードは人間の比ではない。
AIの進化はまだ序章にすぎず、人類はこれから「無限に宿題をやり続ける優等生」と共に暮らしていくことになる。
用語集
- LLM(大規模言語モデル): 膨大なテキストを学習し、次の単語を予測するAIモデル。
- 穴埋め問題: 文中の欠損部分を正しい単語や情報で補う課題。AI学習の基本となる。
- 教師あり学習: 入力と正解データのペアを用いて学習し、間違いを修正する仕組み。
- ピクセル(画素): 画像を構成する最小単位の点。色と明るさの情報を持つ。