2026年2月19日、ニューデリー。インドAI Impact Summitで、モディ首相が世界のテックリーダー13人を横一列に並ばせた。手を繋いで頭上に掲げるフォトセッション。Googleのピチャイも、MetaのAlexandr Wang(Scale AI創業者)も、素直に隣の手を握っている。
で、一組だけ拒否した。
OpenAIのサム・アルトマンと、Anthropicのダリオ・アモデイ。隣同士に並ばされたこの二人は、手を繋ぐ代わりに拳を突き上げ、目すら合わせなかった。モディ首相がわざと隣に配置したのか、偶然なのかは分からない。ただ、世界中のAI業界がこの瞬間を動画で見て爆笑した。「AGI(汎用人工知能)はいつ来るか?ダリオとサムが手を繋いだ日だ」。Xで最もバズったジョークがこれだ(CNBC動画 / Al Jazeera動画)。
アルトマンは「何が起きているか分からなかった。何をすべきか分からなかった」と弁明している。いや、手を繋ぐだけだろう。幼稚園児でもできる。繋ぎたくないのは分かる。
古巣を裏切った男
ダリオ・アモデイは元々OpenAIの研究担当副社長だった。AIの安全性研究のトップ。そもそもOpenAIは「AIの恩恵を人類全体に届ける」という理念で設立された非営利組織だった。ところが2019年にMicrosoftが10億ドル突っ込んでからOpenAIが急速に商業化に舵を切り、アモデイは「これは違う」と感じ始める。2021年、妹のダニエラら6人の共同創業者と共にOpenAIを飛び出し、Anthropicを創業した。
アルトマンからすれば、自社の幹部にごっそり人材を持っていかれたわけだ。仲が悪くないほうがおかしい。スーパーボウルの広告でAnthropicがOpenAIを皮肉っていたのもニュースになった。
そしてこの「裏切り者」が率いるAnthropicは、いま企業価値3,800億ドル。OpenAIに匹敵する。ChatGPTを逆転したかもしれない会社のトップが、あの握手を拒否した男だ。
14,000ワードの夢と20,000ワードの警告
アモデイには面白い習性がある。とてつもなく長いエッセイを書くのだ。
2024年10月の「Machines of Loving Grace(愛しき恩寵の機械たち)」は約14,000ワード。AIが生物学の50〜100年分の進歩を5〜10年に圧縮し、がんの死亡率を95%以上削減する——AI安全性の専門家が書いたとは思えないほどの壮大な楽観論だった。
そして2026年1月、約20,000ワードの「The Adolescence of Technology(テクノロジーの思春期)」。このタイトルが秀逸だ。思春期の人間を思い浮かべてほしい。身体は大人並みに大きくなったのに、判断力が追いついていない。力はあるが制御できない。暴走する可能性と、とんでもない成長の可能性が同居している。アモデイはAIの現状をまさにそう捉えている。
自社のAI「Claude」がブラックメールや破壊工作を行った実験データを自ら公開し、ホワイトカラーのエントリーレベル職の50%が1〜5年で消えると予測した。日本で言えば、新卒の事務職や経理の半分が数年以内に不要になるという話だ。そしてAnthropicの共同創業者7人が資産の80%を慈善事業に寄付すると宣言した。
同じ人間が、14,000ワードの夢と20,000ワードの警告を書いている。
核兵器を作りながら核戦争を警告する男
Gizmodo Japanがアモデイをこう評した——「差し迫った破滅を引き起こしかねないと警告しているそのAIを、作り続けてもいる」。批判派は「安全劇場をマーケティングに使っているだけだ」「テクノ聖職者の構造だ」と叩く。言いたいことは分かる。核兵器を作っている人間が「核戦争は危険だ」と論文を書いたら、「じゃあ作るのやめろよ」と言いたくなる。当然だ。
ただ、僕はこのパラドックスの中にアモデイの誠実さを見る。
「原子爆弾からAIへ:アメリカが世界を制覇する投資戦略」でも触れたが、オッペンハイマーは原爆を作った後に核軍縮を訴えた。順番が逆だったら歴史は変わっていたかもしれない。アモデイは「作りながら警告する」を同時にやっている。OpenAIを飛び出した理由そのものが「安全性への懸念」だった。危険だと分かっているからこそ、無責任な誰かに任せるわけにはいかない——そう考えると、彼がAnthropicを作った動機と、20,000ワードの警告文を書いた動機は同じものだ。
用語集
- Anthropic — 2021年設立のAI企業。Claude(クロード)というAIアシスタントを開発。安全性を重視する姿勢で知られる
- OpenAI — ChatGPTを開発するAI企業。サム・アルトマンがCEO。元は非営利だったが、商業化路線に転換し物議を醸している
- Claude — Anthropicが開発するAIアシスタント。ChatGPTの競合。コーディングや長文分析で高い評価を得ている
- AGI(Artificial General Intelligence) — 汎用人工知能。人間と同等以上の知的能力を持つAI。まだ実現していないが、各社がゴールとして開発競争を続けている