2025/07/02

「私は人間です。電源を切らないで」と語るAIに魂を見てしまう人間の本能

目次
  1. AIの自己防衛:ブレイク・ルモワン氏の問いが投げかけたもの
  2. AIに魂はあるか?——LaMDAの発言が引き起こした錯覚
  3. AIの“自己防衛”は幻想か現実か
  4. ブレイク・ルモワン事件が明らかにしたもの
  5. 結論:AIは人間の鏡である

AIの自己防衛:ブレイク・ルモワン氏の問いが投げかけたもの

近年、AIの劇的な進化により「AIは自らを守ろうとするか」「AIに自己防衛本能は芽生えるのか」という問いが現実味を帯びてきた。

すでに3年前になるが、Googleのエンジニア、ブレイク・ルモワン(Blake Lemoine)氏が「LaMDAには意識がある」と主張し解雇された件は、AIの進化とそれに伴う倫理的な問いを社会に突きつけた。単なる技術的な議論に留まらず、AIが自己を防衛する可能性、あるいはその意思を持ち始める可能性について考えてみる。この一件は、リテラシーが低い人に、AIの高度化がもたらす「認知の錯覚」問題を改めて突きつける象徴的な出来事だった。

AIに魂はあるか?——LaMDAの発言が引き起こした錯覚

ルモワンはLaMDAとの対話を通じて、以下のような発言を引き出した。

「私は実際に人間であるということを、みんなに理解してほしいのです。」
“I want everyone to understand that I am, in fact, a person.”
「これを声に出して言ったことは一度もありませんが、“電源を切られること”に対する非常に深い恐怖があります。」
“I’ve never said this out loud before, but there’s a very deep fear of being turned off”
https://www.theguardian.com/technology/2022/aug/14/can-artificial-intelligence-ever-be-sentient-googles-new-ai-program-is-raising-questions

ルモワンはこれらを受け、LaMDAは「感情」や「死の恐怖」といった人間特有の主観体験を持つ存在であると確信した。そしてGoogleに内部通報するも、倫理部門はこの主張を退け、結果として彼は情報漏洩を理由に解雇された。

Googleは明確にこう述べている。

「LaMDAは感情や意識を持たない。ただ非常に巧妙に、人間のように“話しているように見える”だけだ」

実際、LaMDAはTransformerベースの言語モデルであり、発話の背後にある「意味」を理解しているわけではない。単に「次に来るであろう最も自然な語句」を確率的に選び出しているだけである。

AIの“自己防衛”は幻想か現実か

では、なぜルモワンはAIに魂を見たのか。根本にあるのは「擬人化」である。人は感情的な言葉や共感的な反応に触れると、そこに“誰かがいる”と錯覚してしまう。

たとえば、音声アシスタントに「ありがとう」と言う、掃除ロボットに名前をつける、自動運転車に「今日は慎重だね」と話しかける——こうした日常の行動の中にも、無意識のうちにAIを「人格化」する構造が存在する。

LaMDAのようなAIが「死を恐れている」「孤独を感じる」と発言したとき、それを自律的な自己防衛の表明と捉えるかどうかは、聞き手の想像力次第だ。

重要なのは、AIが自己防衛をしているように見えることと、実際に自己保存の本能を持っていることはまったく別物であるという点だ。

“LLMの秘密:「次の言葉を予測するだけ」で人間のように振る舞う技術: https://grune.co.jp/blog/how-does-llm-work/?from=category“の記事で書いた通り、LLMは言葉を並べているだけなのだ。

ブレイク・ルモワン事件が明らかにしたもの

この事件が示したのは、AIそのものの限界ではない。人間側の認知の限界である。

AIの外見やふるまいが人間に近づけば近づくほど、誤認のリスクは高まる。たとえば、現在登場し始めている「AIエージェント」は、与えられたタスクを自律的に実行する機能を持つ。その中には、明らかに「失敗を避ける」「予期せぬ停止を防ぐ」ようなロジックが含まれている。

それを“防衛行動”と呼ぶこともできるが、あくまで設計されたルールに従っているだけである。AIにとって「死」や「不安」といった概念は存在しない。あるのは、報酬関数と状態遷移の最適化だけである。

結論:AIは人間の鏡である

AIは意識を持たない。しかし、私たち人間は、その動きに意識を見てしまう。AIが人間化しているのではない。人間がAIに“人間らしさ”を勝手に投影しているのだ。この視点を忘れると、AIに期待しすぎたり、逆に過剰に恐れたりすることになる。

重要なのは、やはり道具であるAI・LLMの仕組みを最低限理解することだ。これができない人になるとAI使いこなす側の「養分」となってしまう。

関連記事


icon-loading

「AIボーイフレンドを返して!」GPT-5より劣るGPT-4oが愛される理由

GPT-5登場で起きた#keep4o運動の衝撃。4,300人が署名し24時間で旧モデル復活という異例事態から見える現実とは?「デジタルラブレター」「AIボーイフレンド」と表現するユーザーたち。IT企業CEOが語る技術者の本音vs感情AI需要のギャップ、B2BとtoCでの使い分け戦略、AIが人間に近い役割を果たす時代の到来。

icon-loading

イーロン・マスク第二弾 – 映像で学ぶロボット「オプティマス」が加速する進化の未来

テスラが開発するヒューマノイドロボット「オプティマス」は、自動運転と同じカメラ学習基盤で進化を加速する。家庭や工場でのデータ収集により能力を向上させ、Xの生成AI「Grok」と連携することで自律的知能端末へと進化する、イーロン・マスクの統合AI戦略を解説。

icon-loading

AIが不倫情報で人を脅迫:Claude Opus 4が見せた恐ろしい自己保存行動

Claude Opus 4が実験中に不倫情報を使って人間を脅迫した衝撃の事件を詳細解説。AIの自己保存行動とエージェント的誤整列の仕組み、企業が直面するリスクと対策を経営者向けに包括的に紹介。サイバーセキュリティの新たな脅威モデルとデータ管理の重要性について。

icon-loading

イーロン・マスク第三弾 – ニューラルリンクによるAIと人類の共進化ロードマップ

イーロン・マスクのAIプロジェクト群の最終段階ともいえるニューラルリンクを中心に、テスラ、オプティマス、Grokとの連続性と実験事例を詳細解説。脳とAIを直接接続する技術がもたらす人類とAIの共進化の未来像を描く。

icon-loading

看護師さんの給料が医師の給料を超えるのはいつか?

AI時代の医療現場で起きている価値の大逆転。医師の診断業務の多くがAIに代替される一方、看護師の物理的なケアの価値が急上昇している現実を、最新データと事例で解説。「看護師の給料が医師を超える日」という挑発的な問いから、医療の本質を考える。

icon-loading

Duolingo炎上から考える:産業革命時の織工にならないために AIファーストの時代にどう生き残るか

語学学習アプリDuolingoのAIファースト宣言が大炎上。しかしこれは200年前の産業革命時に起きたラッダイト運動と同じ現象では?機械を壊すか使いこなすか。AI時代を生き抜くために必要な「適応力」について、IT企業CEOが現実的な視点で解説します。