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AI時代が暴く、医療現場の「真の価値」
AIがどんどん医療現場に入ってきている今、医療従事者の価値が根本的に見直されている。
AIが人間を圧倒する画像認識の現実
まず医療分野以外の事実から見てみよう。画像認識コンテストILSVRC(ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge)では、すでに10年前の2015年にAIが人間の画像認識精度を上回っている。
人間が画像認識を行うと約5.1%の誤認率があるが、2015年2月にMicrosoftが4.9%、Googleが4.8%、12月にはMicrosoftが3.6%という誤認率を達成した。AIの画像認識が人間の精度を完全に超えたのである。
この圧倒的な性能差が医療画像診断でも現れている。2016年の病理所見から病理医とAIが乳がん転移の判別を競うコンテストにおいて、AIは病理医を大幅に上回る成績を上げた。
生成AIと非専門医の診断能力を統計学的に比較すると、有意差がなかったという研究結果もある。人間の医師が画像の判断でAIに勝てるわけがないというのが現実なのだ。
早期胃癌は胃炎との区別が難しく、4.5~25.8%が見逃されているという報告がある。内視鏡検査では、2割程度の早期がんが見逃されていると言われている。
人間の医師は見逃しが多い一方で、AIは大幅な改善を実現している。ビッグテックが巨額の投資競争を繰り広げる中、AIの進化は今後さらに加速するのは間違いない。
医師の仕事の何割がAIに代替されるのか
医師の業務を分析すると、診断業務が中核を占めている。問診、検査結果の解析、画像診断、鑑別診断など、医師の多くの時間は「パターン認識」に費やされる。そして、これこそがAIが最も得意とする分野なのである。 症状から疾患を特定する診断プロセスは、本質的に膨大な医学的知識の中から最適なパターンを見つけ出す作業だ。患者の症状、検査データ、既往歴といった情報を総合し、数千の疾患候補から最も可能性の高いものを絞り込む。これは、まさにAIが圧倒的な力を発揮する分野である。 特に、数万人に一人という稀少疾患の診断は、人間の医師にとって極めて困難だ。個々の医師が一生のうちに遭遇する症例は限られており、稀少疾患の診断経験を積むことは現実的に不可能に近い。加えて、人間の医師が最新の研究論文を網羅することも現実的に不可能である。毎日発表される膨大な医学論文を追跡し、最新の知見を診断に反映させることは、物理的に限界がある。 しかし、AIは世界中の症例データベースにアクセスし、人間では到底経験できない膨大な稀少疾患の症例から学習している。さらに、最新の医学論文も瞬時に参照し、常に最新の知見を診断に活用できる。 考えてみれば、医師が医学部で6年間、研修医として数年間学ぶのは、このパターン認識能力を身につけるためだ。しかし、AIは数万、数十万の症例を瞬時に参照し、人間の医師が一生かけても経験できない症例数から学習している。
なぜ看護師はAIに代替されにくいのか
医師の診断業務がどんどんAIに置き換わる一方で、看護師の仕事はすぐには代替されにくい。
看護師の業務の多くは物理的なケアを必要とする。おむつ交換、体位変換、清拭、食事介助、注射、点滴管理など、直接患者の身体に触れる作業が中心だ。これらをロボットで置き換えるためには、高度な物理的操作能力と安全性を備えた機器が必要となる。
ロボットで看護業務を代替するための開発コストは、医師の診断システムよりもはるかに高い。診断AIはソフトウェアで完結するが、看護ロボットは精密な機械工学、センサー技術、安全機構など複合的な技術が必要で、開発・製造・保守費用が膨大になる。
さらに、患者の状態は刻一刻と変化し、一人ひとり異なる身体的特徴や症状に応じた個別対応が求められる。画一的なプログラムでは対応できない変数の多さが、看護業務の自動化を困難にしている。
これが決定的な違いである。
経済価値の大逆転が起こる可能性
経済学的な視点で考えよう。給料はスキルの獲得困難性もあるが、それを主に決めるパラメータとしては代替困難性も大きく影響する。つまり、希少性と代替可能性が価値を決める基本原理である。
医師の診断業務の多くがAIで代替可能になり、看護師の物理的なケアがより重要視されるようになれば、需要と供給の関係が完全に変わる。
結論:価値の再定義が始まっている
10年以内に看護師さんの給料が医師の給料を超える日が来る可能性は大いにある。それは職種の優劣ではなく、AI時代における「技術的に代替可能な仕事」と「人間にしかできない仕事」の価値が根本的に変化しているからだ。
診断をAIがサポートし、データ分析もAIがやり、文書作成もAIがやる。そうなったとき、物理的なケアや個別対応が必要な仕事の価値はさらに高まるだろう。
私たちは「医療の本質とは何か」という根本的な問いに、テクノロジーを通して改めて向き合っている。